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SLAN's Garden

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どうしようもなく壊れている

しゃあ <メール送信>   2004/6/1 (火)   No.1086101898



 人格障害者は、自分が回復・成長するために何が必要か、基本的かつ本質的なことがらが、まるでわからない・わかっていない。

 それどころか、自分に回復・成長が必要なことさえ、わからない・わかっていないことも、めずらしいことではない。

 これでは、回復・成長のしようがない。

 何かが根底的に、どうしようもなく壊れている。

 ―――としか、言いようがない。

 底なしの救いがたさだ。



 認知・思考の歪みが、発言・行動をも歪ませ、誤らせる。

 (認知・思考の歪んだ人間の判断・選択や、自己分析ほど、あてにならないものはない)

 人格障害者の場合、そうしたさまざまな歪み・誤りを修正・矯正・補正する制御回路・機構を、自分の内部に持たない。

 歪み・誤りが歯止めなく拡大し、いつなんどき、何をきっかけに、どのような形で、気分・感情や欲望・欲求にまかせた暴発・暴走をはじめるかわからない危険性を、常に孕んでいる。

 彼らは、往々にして、なんの前触れもなく突然に(と、はた目には映る)、深刻・重篤な問題・事態を、いともたやすく引き起こし、もたらす。

 それは、たとえ、どれほど突発的に見えたとしても、その実、抑圧・隠蔽されていただけであり、内在していたものが表出・表面化したにすぎない。

 彼らの場合、そうした問題・事態の発生や進展・進行を食い止める能力、手段や方法もまた、自分では持たないがゆえに、それは、ときに致命的なものとなりうる。



 人格障害者の大半は、病識さえ持たない。

 彼らは、健常者の仮面をかぶって、社会の中に紛れ込み、何食わぬ顔で、日常生活を送っている。(人格障害者の潜在・潜行状態)

 たとえ、なんらかの病識を持ったとしても、病識が極度に甘く、自分が人格障害であるなどとは、つゆほども考えない。

 自分の無辜・無謬を信じて疑わず、自分以外のものに、すべて責任転嫁する。

 自分のことは棚に上げて、身勝手・わがままで理不尽な、不平・不満や怒り、恨みなどの負の気分・感情を、一方的に抱き、表し訴える。

 果ては、そうした気分・感情にまかせて、裏切り、讒言・讒訴、罵倒、脅迫、暴行のような、他者への攻撃行動にまで至る。(あたる、からむ、かみつく、陥れるなどから、殺傷沙汰まで)

 治療機関で、「こころの病」のお墨つきを獲得したあとは、すべてを病気のせいにして、病気を口実に自分を免責・免罪し、疾病逃避や疾病利得に溺れる。

 治療者から告知された診断名・診断内容(うつ病、心因反応 etc.)を鵜呑みにし、真に受けるとともに、信じて疑わない。

 (この点については、人格障害を忌避するなどして、安易に適当な診断・告知でお茶を濁す治療者側にも、問題と責任の一端がある)

 治療はすべて治療者まかせで、自助努力などする気は、はなからさらさらない。

 治療の経過や成果が芳しくなければ、治療者の力量不足・努力不足や、周囲の協力不足などのせいにする。

 こうしたありようは、たとえ、人格障害の診断・告知を受けたとしても、何も変わらない。






「おまえは若いなあ。一寸先も見えちゃいねえ」

しゃあ <メール送信>   2004/5/15 (土)   No.1084631509



 「あんた…人の面をかぶった鬼だね!?」(ケロロ軍曹)とよく言われるおれは、そのたびに、映画『丑三つの村』の犬丸継男よろしく、「鬼のどこが悪い」と答えている。



 『機動戦士ガンダムSEED』のフレイ役以降、桑島法子の声が気になる。

 『I LOVE! オリバー』で、オリバーがふられっぱなしの憧れの少女ボニーの吹き替え声優も、桑島法子だった。(はまりすぎだ。ちなみに、おれは、ボニーではなく、ジョイスLove派)

 『絢爛舞踏祭 ザ・マーズ・デイブレイク』のベス(もちろん、声優は桑島法子)に、「いま考えて! ここで考えて!」と怒られたい。

 ▽ 絢爛舞踏祭 ザ・マーズ・デイブレイク
   [Link] [Link]



 アニメ版『ケロロ軍曹』は、アンゴル=モアちゃんも登場して、絶好調。

 目を食いしばれ!

 ゲッゲーロー。

 ▼ ギロロ Tシャツ/BLACK-L
   [Link] [Link]



 「PRIDEなんてアマチュアに毛が生えたもんだろ」
  ―――小川直也 [Link]

 「格闘技は学校のようなもの、学ばなければ失敗します」
  ―――ケビン・ランデルマン [Link]

 「(愛読書の)羅生門は読み終わったのか? おまえ、おれを尊敬しろ」
  ―――ケンドー・カシン [Link]

 「さっさと帰って練習してこい!」
  ―――鈴木みのる [Link]

 「すいません、すいません、記憶がないんです……。強かったです……。
  ……死んでねーよ、死んで」
  ―――柴田勝頼 [Link]

 「次は分かんないです。プロレスをやるだけです。人生プロレスですから」
  ―――中邑真輔 [Link]





 塩沢「おまえは若いなあ。一寸先も見えちゃいねえ」

              ――――――『ある殺し屋』(1967年/日本)より







受難のスクーター。

ジュエリー <メール送信>   2004/5/12 (水)   No.1084357916



 こんにちは。お久しぶりです。


 自分の住んでいる団地の駐輪場に、スクーターをとめていたら、左のバックミラーを盗まれてしまいました。

 前は、座席のシートを刃物のようなもので切られていたし。前の前は、電気系のケーブルを切断されたし。


 受難の続く、この、スクーター。

 一年以上前に、中古で、タダ同然で、手に入れたもので・・・。

 その時点で、すでに、「これ、本当に走るの!?」というような、悲惨なルックスをしていました。

 もっと、状態のいいものを、高い値段で買っていたら、へこんだだろうなぁ。


 では。






きなこと黒蜜入りわらび餅

ちびた <メール送信>   2004/5/6 (木)   No.1083854116



 近所のコンビニに、きなこと黒蜜入りわらび餅が、登場しました!!

 (おおげさかもしれませんが、私の大好物なので力が入ってしまいました)



 ウユウさんへ、ちょっぴりレスします。


 ウユウさんが、上山さんに「意味のある質問なのだろうから、深く考えるといいと思う」ということを伝えたかったことを私は当初から理解していましたよ。

 そして、私の投稿は、上山さんに謙虚な姿勢を求めるために書きました。

 その意図が伝わればいいと思っています。

 そのような私の姿勢や意図を理解した上での批判だとありがたいです。


ウユウ>  A,ちびた「意味のないことなどはありません」
ウユウ>  B,ちびた「過剰に意味を探すのは、病です」

ウユウ>  BはAを限定していません。限定条件になっていません。

 行間や文脈を読んでみてくださいよ。

 別に、このように言い換えても構わないのです。

 すべてには意味があります。どんどん意味を探しましょう。
 でも、ものには程度があるので、どれだけいいことをしていても、やりすぎるのはよくないですよ。


 ウユウさんがこだわるところは、私のこだわるところではないようです。



 私は、「が、過剰に意味を探すことは、病です」を「ウユウさんへのレス」と書きましたが、それは、ウユウさんが、そのように解釈しているのであろう、と推測して書いたことです。

 後の文章で、ウユウさんの言葉へのレスは「意味のないことなどはありません」であり、「が、過剰に意味を探すことは、病です」は、前言を限定する意図で書いたと説明しています。

 誤解している人を意識して書いたことが、かえって誤読につながる可能性があるとは、皮肉としかいいようがありません。あ〜。(T_T)


ウユウ>  「つなげる」というのは、矢印:→が示す通り、「つなげてひとつにした」ということではなく、「理屈として展開させた」という意味です。

 何のために?


ウユウ>  僕の投稿に部分的なレスをすることから、まったく違う、僕が意図しない結論を導き出している それを上山さんに伝えようとしている
ウユウ>  という風に読み取りました。

 私が、仮に、ウユウさんの言葉を部分的に引用(ウユウさんの言葉を曲解させたりするような引用ではなく)して、ウユウさんとは、全く正反対の意見を言ったとしても、その正反対の意見は私の意見として、読まれるでしょう。

 ウユウさんは、ひょっとして杞憂が多い?


 ウユウさんの例ですが、私的には、AはOを包含し、BはAを部分的に否定する関係です。


ウユウ>  この質問は、その理由も含めてスルーします。

 なぜわざわざそんな宣言をしなくちゃならないのですか?






“意味”の意味するところ

ウユウ <メール送信>   2004/5/6 (木)   No.1083825325



 ちびたさんの説明を読んでよくわかりました。
 僕は誤読してました。
 抜粋ですが、再度引用します。これだけの文章です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 【ウユウ投稿】
 上山さんがそれほどに信頼を置く人物が、上山さんに対して、何度も問いかけているわ
けだから、
 かなり意味のあることなんだと思います。
 単なる質問以上に、なにか根拠があって、レスしても問いかけを繰り返す理由もひっくるめて、
 上山さんに深く考えてもらいたいのではないでしょうか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【ちびた投稿】
 それにしても「私の何を訊きたいのでしょう」ですか。
 「私の」というところに、自意識過剰ぶりが見えますね。


ウユウ> 上山さんがそれほどに信頼を置く人物が、上山さんに対して、何度も問いかけているわけだから、
ウユウ> かなり意味のあることなんだと思います。

 意味のないことなどはありません。
 が、過剰に意味を探すのは、病です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕は、ちびたさんの文章を、僕の文章への部分的なレスなのだから、
 「意味のないことなどはありません」は、質問についてのこと。
 だから、「質問について、意味のないことなどはありません」として、
 「が、過剰に意味を探すのは、病です」は、「質問から過剰に意味を探すのは病です」として、読んでいました。

 ところが、ちびたさんの意図は、
 「意味のないことなどはありません」は、質問とは直接関係のないことで (質問も含まれるのかもしれませんが)、
 「が、過剰に意味を探すのは、病です」も、質問とは関係のないことだったのですね。

 僕は、ちびたさんの二行の文章を、僕に対するレスであるという理由から、自分にひきつけて解釈しすぎてしまったのかもしれません。
 それは、誤読のひとつの原因です。僕の読解力の問題だといえます。
 そのことを踏まえた上で、具体的にレスします。

ウユウ>  自意識過剰ぶり → かなり意味のあること →過剰に意味を探す と、つなげるのは、僕の意図ではありません。
ちびた> 上山さんへのレス「自意識過剰ぶり」と、ウユウさんへのレス「過剰に意味を探す」とを、私がつなげているという根拠はどこにあるのですか?

 「つなげる」というのは、矢印:→が示す通り、「つなげてひとつにした」ということではなく、「理屈として展開させた」という意味です。

ちびた> 実際に投稿した文章を矢印でつなげてみます。
ちびた> かなり意味のあることなんだと思います→ 意味のないことなどありません→が、過剰に意味を探すのは、病です
ちびた> それに対して、ウユウさんは、このように矢印でつないでいます。
ちびた> かなり意味のあること→ 過剰に意味を探す
ちびた> 真中の文章を飛ばすというのは、どういうことなのでしょうか?

 ウユウ「意味のあること」、ちびた「意味のないことはない」だから、「ないことはない」という否定の断定で強調ではあるにしても、同じ意味に近く、
 論理の展開としては順接だと理解して省きました。
  ※僕の前の投稿文において、直前には
   > 自意識過剰ぶりが見えますね。
   >>かなり意味のあることなんだと思います。
   > 意味のないことなどはありません。が、過剰に意味を探すのは、病です。
   と、引用して掲載してあります。

ウユウ>  部分引用は、構わないのですが、全体を(真意を)一旦は理解した上で、行ってほしいと思います。
ちびた> 投稿された文章を恣意的に部分的な引用をすることによって、結果、投稿者の文章を捏造し、曲解させることはあきらかに問題だと思います。
ちびた> 私はそのようなことはしていません。

ちびた> また、私がしたウユウさんへのレスは、部分的なレスにとどまるもので、ウユウさんの文章全体の意図を曲げるようなものではありません。
ちびた> 文章全体の意図を曲げるほどの影響力が、私のレスにあったのでしょうか?

 僕が、以前の投稿で上山さんに伝えたかったのは、「意味のある質問なのだろうから、深く考えるといいと思う」ということでした。
 僕は、ちびたさんが上山さんに対して「質問から過剰に意味を探そうとするのは病です」と伝えようとしていると理解しました。
 僕の投稿に部分的なレスをすることから、まったく違う、僕が意図しない結論を導き出している それを上山さんに伝えようとしている
 という風に読み取りました。それで
ウユウ> 「意味のある質問について、深く考えること」 と 「過剰に意味を探すこと」は全く違います。
 と指摘したのです。
 それは僕の誤読だったのですが。また、

ちびた> 私は、ウユウさんの「かなり意味のあることなんだと思います」ということを、否定していません。否定の正反対です。

 ということでもあるわけですね。

ちびた> 「過剰に意味を探すことは、病です」は、ウユウさんが書いたことに対するレスではなく、「意味のないことなどはありません」という私のコメントに対して、限定条件を与えたのです。

 さて、この文章には問題があります。わかりやすく示してみます。

 A,ちびた「意味のないことなどはありません」
 B,ちびた「過剰に意味を探すのは、病です」

 BはAを限定していません。限定条件になっていません。
 また、投稿の後半の文章において、ちびたさんは「過剰に意味を探すことは、病です」という文章について説明していますね。

ちびた> 過剰な状態とは、自分を客観的に見ることができない、あるいは、見ようとしないために、自意識に疑問をもつことができず、自分の考え… というよりも、思い込みにとらわれ、感覚や欲望のままに行動してしまうような、たががはずれた状態です。
ちびた> それをして、私は「病」と表現しました。

 「過剰な状態は病です」、正確には『過剰な状態は「病」と表現できる』と説明しています。
 (「意味を探す」が省略されているのですが、「意味を探す」というフレーズは、修飾あるいは強調の意味なのでしょうか)

 部分レスの対象である僕の文章も加えて、もう一度示してみます。
 0,ウユウ「(質問には)かなり意味のあることなんだと思います」
 A,ちびた「意味のないことなどはありません」
 B,ちびた「過剰な状態は病です」「過剰な状態で意味を探そうとするのは病です」

 0 → A → B と、よく読み返してみてください。 
 「意味」という単語は、0、A、Bとも共通していますが、その「意味」の「意味するところ」は違います。
 Aの「意味のないことなどはありません」という文は、文脈、話の流れの大きな転換、逸脱を意図するものになっています。
 これは、理屈の展開としては飛躍です。

ウユウ>  しかし、「過剰に意味を探すこと」を「病」と断定するのは、いささか軽率ではないですか?
ちびた> それをして、私は「病」と表現しました。

 ちびたさんが書いたのは「過剰に意味を探すことは、病です」です。
 すり替えたとは言いませんが、『それをして、私は「病」と表現しました』とは、ニュアンスがかなり違うと思います。

 ちびたさんは、今回、それなりに内容を吟味して書き、何度か推敲された上で投稿されたんだろうと思います。
 それを前提として、もうひとつ指摘します。

ちびた> 上山さんへのレス「自意識過剰ぶり」と、ウユウさんへのレス「過剰に意味を探す」とを、…
ちびた> 私がしたウユウさんへのレスは、部分的なレスにとどまるもので、…
ちびた> 「過剰に意味を探すことは、病です」は、ウユウさんが書いたことに対するレスではなく、…

 文中で前言を翻しています。おおよその意味はわかるのですが、読み手に誤読させる可能性もあります。

 文章を書く上で、大切な姿勢のひとつに、誰に、なにを伝えようとしているのか はっきりとさせるということがあります。
 明確に自覚していないと、あいまいな、よくわからない文章になってしまいます。

 「自意識過剰」や、「病」といった、あまりうれしくない指摘は、丁寧に、慎重に、それなりの責任(根拠や確信)をもって、
 相手に伝える必要があると思います。
 「過剰に意味を探すことは、病です」という一文は、誰に、なにを伝えようとしているのか、現時点においても僕には判然としないです。


ちびた> ウユウさんは、ぽかさんに対するレスを見ても分かるように、一つの言葉のすりかえを指摘するくらい、文章や言葉に厳格な人のように見えます。
ちびた> 文章や言葉に厳格であることは、すばらしいことです。
ちびた> ですが、ウユウさんは、他者に対するのと同程度の厳格さを、自分の文章や言葉に向けていますか?

 この質問は、その理由も含めてスルーします。






意思と努力

ちびた <メール送信>   2004/4/27 (火)   No.1083697916



 ○境界例と自己愛の障害からの回復
  [Link]
  ●精神分析療法の考え方
   [Link]

<患者の行動の背後には、議論を吹っかけることで自分を見つめることを避けたいという思いが潜んでいたりしますので、そういう背後に隠れている感情への洞察が必要となるのです>


 優秀な精神分析家、セラピストの手助けがあったとしても、患者自身がその手助けを受け入れ、自分の感情に気づく意思と努力がなければ、治療の効果はないのだろうな、と思いました。



ウユウ>  自意識過剰ぶり → かなり意味のあること →過剰に意味を探す と、つなげるのは、僕の意図ではありません。

 上山さんへのレス「自意識過剰ぶり」と、ウユウさんへのレス「過剰に意味を探す」とを、私がつなげているという根拠はどこにあるのですか?

 この点について、ウユウさんが示したのは、投稿文の引用だけなのですよ。


 今回ウユウさんが投稿した文章は、一定のレベルをたもっている過去の投稿とくらべると、ずさんな印象を受けます。


ウユウ>  部分引用は、構わないのですが、全体を(真意を)一旦は理解した上で、行ってほしいと思います。

 投稿された文章を恣意的に部分的な引用をすることによって、結果、投稿者の文章を捏造し、曲解させることはあきらかに問題だと思います。

 私はそのようなことはしていません。


 また、私がしたウユウさんへのレスは、部分的なレスにとどまるもので、ウユウさんの文章全体の意図を曲げるようなものではありません。

 文章全体の意図を曲げるほどの影響力が、私のレスにあったのでしょうか?


 ところで、文章の一部にレスをする時に、注意しなければならないのは、そのレスが、単なるあげ足とりになっていないかどうかです。

 あげ足をとるだけで意味のない投稿は、控えた方がいいと思います。

 逆に、あげ足をとられたからといって、自分の投稿が大きな損失を受けたと感じるのは、過剰な反応です。


ウユウ>  「意味のある質問について、深く考えること」 と 「過剰に意味を探すこと」は全く違います。

 はげしく同意します。


 私は、ウユウさんの「かなり意味のあることなんだと思います」ということを、否定していません。否定の正反対です。

 「過剰に意味を探すことは、病です」は、ウユウさんが書いたことに対するレスではなく、「意味のないことなどはありません」という私のコメントに対して、限定条件を与えたのです。


 実際に投稿した文章を矢印でつなげてみます。

   かなり意味のあることなんだと思います→ 意味のないことなどありません→ が、過剰に意味を探すのは、病です


 それに対して、ウユウさんは、このように矢印でつないでいます。

   かなり意味のあること→ 過剰に意味を探す


 真中の文章を飛ばすというのは、どういうことなのでしょうか?


 ウユウさんは、ぽかさんに対するレスを見ても分かるように、一つの言葉のすりかえを指摘するくらい、文章や言葉に厳格な人のように見えます。

 文章や言葉に厳格であることは、すばらしいことです。

 ですが、ウユウさんは、他者に対するのと同程度の厳格さを、自分の文章や言葉に向けていますか?


ウユウ>  自意識の葛藤に苦しみ続けるというのは、確かに健康的な状態ではないのかもしれません。
ウユウ>  しかし、「過剰に意味を探すこと」を「病」と断定するのは、いささか軽率ではないですか?

 過剰に意味を探すのは、意味を探したり、深く考えたりすることでもなく、自意識の葛藤に苦しみ続けることでもないです。

 過剰な状態とは、自分を客観的に見ることができない、あるいは、見ようとしないために、自意識に疑問をもつことができず、自分の考え… というよりも、思い込みにとらわれ、感覚や欲望のままに行動してしまうような、たががはずれた状態です。

 それをして、私は「病」と表現しました。



ウユウ>  「真意」の意味がズレていってるように思えます。
ウユウ>  上山さんは「質問の意図」という意味で「真意」という単語を使っているのですが、
ウユウ>  ちびたさんは、
ウユウ> > 「真意」を読みとろうとする志の高い人間離れした人間である、
ウユウ>  から察するに、「真理」に近い意味で使っているように読みとれます。

 ウユウさんと違い、私は、上山さんが「質問の意図」ではなく「真意」という言葉を選択したのには、それなりの理由があるように、感じたのです。

 ですが、ウユウさんが言うように、私は「真意」を真の意味、真の意図と思っているので、上山さんが書いた文章の意図よりも、自分の思い込みを先行させ、うがった見方をしてしまったのかもしれないです。

 ウユウさん、指摘ありがとうございます。






V・ロッシが、ポール・トゥ・ウィン

しゃあ <メール送信>   2004/4/24 (土)   No.1083697577



 4月18日に開催された、2004年度WGP第1戦(開幕戦)/南アフリカGP(ウェルコム・サーキット)決勝。

 MotoGPクラス決勝レースは、ホンダからヤマハに移籍したばかりのバレンティーノ・ロッシが、移籍後の初戦である開幕戦を制し、ポール・トゥ・ウィンで優勝。

 2位でフィニッシュしたマックス・ビアッジ(ホンダ)とのマッチレースとなり、スタートからチェッカーを受けるまで、一瞬も息を抜くことのない、激しいバトルを展開した。

 [Link] [Link] [Link]



 『ケロロ軍曹』が、おもしろい。

 ▽ ケロロ軍曹
   [Link] [Link] [Link] [Link]





 トップ・ダラー「昔、親父がこう言っていた。

         自分の悪魔に気づく。それが楽に生きる方法だと」

           ――――――『クロウ 飛翔伝説』(1994年/アメリカ)より



 狂四郎「おまえは化け物だ。救いようもなく荒れ果てている」

   紫「どこか自分に似ているとは思わぬかえ」

 狂四郎「だからなおのこと、むかつく」

           ――――――『眠狂四郎 人肌蜘蛛』(1968年/日本)より







すべての「意味」と「原因」

ウユウ <メール送信>   2004/4/23 (金)   No.1083697217



ちびた> ウユウさんが、上山さんに対して期待しているということは分かります。
ちびた> けれども、自分がそうだからといって他人もそうだと考えるのは自己中心的なのだと思いますよ。
ちびた> 他人を巻きこまないで下さい(他にも数箇所、自己中心的な文章がありますが、いちいち指摘しません)。

 それは失礼しました。 

 ご親切にありがとうございます。
 お返しに(というわけでもないですが)、いくつか指摘させていただきます。

ウユウ> 上山さんがそれほどに信頼を置く人物が、上山さんに対して、何度も問いかけているわけだから、
ウユウ> かなり意味のあることなんだと思います。
ウユウ> 単なる質問以上に、なにか根拠があって、レスしても問いかけを繰り返す理由もひっくるめて、
ウユウ> 上山さんに深く考えてもらいたいのではないでしょうか。

ちびた> それにしても「私の何を訊きたいのでしょう」ですか。
ちびた> 「私の」というところに、自意識過剰ぶりが見えますね。

ちびた> ウユウ> 上山さんがそれほどに信頼を置く人物が、上山さんに対して、何度も問いかけているわけだから、
ちびた> ウユウ> かなり意味のあることなんだと思います。

ちびた> 意味のないことなどはありません。
ちびた> が、過剰に意味を探すのは、病です。

> 自意識過剰ぶりが見えますね。
>>かなり意味のあることなんだと思います。
> 意味のないことなどはありません。が、過剰に意味を探すのは、病です。

 自意識過剰ぶり → かなり意味のあること →過剰に意味を探す と、つなげるのは、僕の意図ではありません。
 部分引用は、構わないのですが、全体を(真意を)一旦は理解した上で、行ってほしいと思います。

 「意味のある質問について、深く考えること」 と 「過剰に意味を探すこと」は全く違います。

 病であると自覚するからこそ、深く考えなければならない ということもあります。

 ちびたさんは、「過剰さに囚われること」と「深く考え抜くこと」の区別がついてないんじゃないですか。

ちびた> が、過剰に意味を探すのは、病です。

 自意識の葛藤に苦しみ続けるというのは、確かに健康的な状態ではないのかもしれません。

 しかし、「過剰に意味を探すこと」を「病」と断定するのは、いささか軽率ではないですか?


上山>  しゃあさんも含めて、質問がピンポイント的なのでそこに在る真意というものを読み取ることが出来ません。
ちびた> 私は、訊きたいことを訊いているのですよ。
ちびた> 質問がピンポイントであったとしても、質問を理解することはできるものでしょ? できないのですか?
ちびた> 「真意」。
ちびた> 上山さんは、今までの人生で、相手の「真意」を読みとることができたという経験があるわけですね。
ちびた> 自分なりにでしょうが。
ちびた> そういう経験がなければ、「質問がピンポイント的なのでそこに在る真意というものを読み取ることが出来ません」などと、不平を言うわけないですからね。
ちびた> いや、こういう決め付けはいけないな。
ちびた> 私は、質問の意図を読みたいと思ったことはありますが、「真意」を読みとることなどできないと思っていますしね。
ちびた> 上山さんは、「真意」を読みとろうとする志の高い人間離れした人間である、のかもしれません…。
ちびた> いや、志が高すぎる人間なのでしょう。

 「真意」の意味がズレていってるように思えます。

 上山さんは「質問の意図」という意味で「真意」という単語を使っているのですが、
 ちびたさんは、
> 「真意」を読みとろうとする志の高い人間離れした人間である、
 から察するに、「真理」に近い意味で使っているように読みとれます。


 ところで、ちびたさんもリンクを貼られているWebサイトには、
 こういうページがあります。

 ○境界例と自己愛の障害からの回復
  [Link]
  ●精神分析療法の考え方
  [Link]
 より、抜粋

 <さて、次にいよいよ精神分析の考え方を説明します。精神分析では、人間の行動にはすべて意味があり、原因があるのだというふうに考えます。
そこで、何時間も手を洗い続けるという、その行動の意味と原因を探っていきます。…>






『ハートブレイク前夜』 (5)

ウユウ <メール送信>   2004/4/23 (金)   No.1083696967



ぽか> まず,はじめに,わき道にそれた議論であることを認識した上で話していることをお断りしておきます。

 では、僕もわき道にそれます。

ぽか> さらに上山さんの場合,ウユウさん以上に認識不足がある。
ぽか> 語るにつれ,それが明らかになってきました。
ぽか> 多分,彼は教育基本法もよく知らないのでしょう。
ぽか> 「教育基本法 第十条
ぽか> 1  教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。 」
ぽか> 教員は,「不当な支配に服することなく,国民全体に直接に責任を負う」立場なのです。

教育基本法第十条(教育行政)
1 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

 「教育」 が 「教員」にすり替わっています。
 これは大きな認識の間違いであり、混乱です。
 「教育の理念」と、「職業人としての教員」を混同してしまっています。
 「教育」は「教員」のみによって、行われるわけではありません。
 学校の教員は、学校に属する、学校等から管理・監督される、職業人にすぎません。

ウユウ>  ぽかさんは、校長という、たとえそのものにひっかかって、こだわってしまっています。
ぽか> そうです。
ぽか> だから私に対する喩えとしては非常にまずかった。
ぽか> 今,教員が教育行政に過敏にならざるを得ない情勢が分からぬほど鈍感じゃないですよね?

 「私」 が 「教員」にすり替わっています。
 教育行政の問題に真剣に取り組む教員は、たいてい、「校長」というたとえにひっかかってこだわって、混乱してしまうのですか?

ウユウ>  他には…  御自身で考えてみてください。
ぽか> 校長とやり合っている最中です。
ぽか> 管理職には,マスコミ受けを狙い,現場に混乱を持ち込み,
ぽか> 職員会議を無視して学校運営を独裁しようとする者がいます。
ぽか> 日々攻防の最中にあんな比喩をもってこられたんじゃ,
ぽか> 反発したくもなります。

 この文章だけでは、ぽかさんの主張が正当なものかどうか、判断できません。

ウユウ>  …という風に続いていくわけで、それを無視して「上司におもねるのが当然との態度」と結びつけるのは、悪意ある曲解です。
ぽか> 「悪意のある」とは悪意のある形容ですね。
ぽか> 私は上山さんが上司に対し阿ることなく,意見を率直に述べられれば,
ぽか> もっと楽な生き方ができるだろうと思います。

 ぽかさんは、いまだに上山さんが上司に阿っていると思いこんでますね。
 それが「悪意」だというんです。

ウユウ> ぽかさんとの文章による意志疎通は、僕にとって正直、かなりやっかいです。
ウユウ> 直視してもらいたいので、率直に書きますが、ぽかさんは読解力が低いです。
ウユウ> ぽかさんとの文章による意志疎通は、…ぽかさんは読解力が低いです。
ぽか> ウユウさんと上山さんの共通点が見えます。
ぽか> 自分の不適切な比喩を棚に上げて,相手の読解力を攻める。
ぽか> で,本題に入れず嫌気がさすとなじる。

 ぽかさんは「指摘」と「せめる」、「なじる」の区別がついていません。
 「読解力の低さ」は読書という努力をまじめに積めば、個人差はあるでしょうが、比較的短期間で、高めていくことができる能力です。
 ただし、努力をしなければ永久にそのままです。

ウユウ> …僕には荷が重いです。
ぽか> お互い様です。おしゃっていたじゃないですか。
ぽか> 「心の問題は5年,10年というスパンで考えないといけないといいます。
ぽか> 結果を性急に求めずに気長にやりましょう。」(ウユウ,2002・6・13)

 読解力をつけるために必要な期間は、長く見ても5年もかからないと思います。
 僕の過去の文章と矛盾しません。
 それにしてもこの引用の意味はよくわかりません。
 まさか僕をなじろうとしたのですか?

上山> 「板の空気を読めずに,誤字,誤記交じりで傍迷惑な自己中発言を繰り返し,
上山>  いい年して,若い人たちの忠告にも耳を貸さず,頑迷かつ軽率に,
上山>  板を汚し続けてきてしまったこと強く反省いたしております。」
上山>  自分の仰ったこともぽかさんは忘れてしまったようです。 
ぽか> いや,今もそう思っています。
ぽか> もう,やめたいと思っても,レスがつけば返さざるを得ません。
ぽか> この辺のネチケット的感覚は上山さんにも共通するものがあると思います。

 その「ネチケット的感覚」はネチケットではありません。

ぽか> もう,やめたいと思っても,レスがつけば返さざるを得ません。

 やめたいと思ってもやめられないとしたら、「依存」や「行動化」などの問題を疑ってみた方がいいです。

上山>  「攻める」は「責める」のtypoですね。
ぽか> そうです。
ぽか> 誤字は少しは減った程度でしょうか。遅々とした学習速度です。
ぽか> しかし,誤字には,それなりの理由があるものと思い自己分析のきっかけにしています。
ぽか> 「攻められている」という感覚が自分にあったことの現われだったのでしょう。

 その分析方法は正しいと思います。
 「攻める」、「おしゃっていた」、「前文がつけるならば」
 わずかな間に三カ所もの誤字。いかにぽかさんが冷静さを欠いていたかがよくわかります。
 しかし、誤字から自己分析するのは、方法として、あまりに後ろ向きです。
 推敲してください。誤字がなくなるまで、何回でも。
 誤字をゼロにすることは、なかなか難しいですが、目的はそれだけでなく、
 推敲を重ねれば、その回数だけ自分の考えや感情が明確になってくると思います。
 (終わり)






『ハートブレイク前夜』 (4)

ウユウ <メール送信>   2004/4/23 (金)   No.1083696742



 現在のままだと、コントロールしていると自分では思っていても、ただ抑圧して、我慢しているだけで、
 そのうちに(ある水準を超えると)「人が下手に出ればつけあがりやがって!」という形でキレてしまう。

上山> 結局、ぽかさんはあしらい方がうまくなっただけですよ。
上山> 確かに感情的にはならないのかもしれませんが、その分頑なさは強くなったし屁理屈もこねるようになった。それだけです。
ぽか> 感情的にならずに,理屈で応酬できているのだとすれば,
ぽか> この時期の私の状態においては進歩です。
ぽか> それを認めてもらっただけでも,正直嬉しいです。

 いや、僕は、「ぽかさんは感情的に暴発していた」と思います。この掲示板においてだけで、何回目でしょうか?

ぽか> 上山さん,ご自分を苦痛回避の行動パターン「引きこもり型」に分類してますけど
ぽか> 「攻撃型系引きこもり型」ですね。
ぽか> 私も上山さんとの対話の試みが時間の無駄に思えてきた所です。

ぽか> ウユウさんにしろ,上山さんにしろ
ぽか> 敬うべき人物として校長を例に出しますが
ぽか> 現場の教職員の感覚とそうした一般的な感覚は大きなずれがあるのです。

ぽか> さらに上山さんの場合,ウユウさん以上に認識不足がある。
ぽか> 語るにつれ,それが明らかになってきました。
ぽか> 多分,彼は教育基本法もよく知らないのでしょう。

ぽか> 反発したくもなります。
ぽか> ウユウさんと上山さんの共通点が見えます。
ぽか> お互い様です。おしゃっていたじゃないですか。


ぽか> 私の上山さんの対話もある意味「好きな人との楽しいと思えること」なのかも…。

 この一文は「自分が感情的に暴発した」ことを取り繕おうとしたものだと思います。







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