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SLAN's Garden

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愚者の無間地獄

しゃあ <メール送信>   2006/9/29 (金)   No.1159541420



 ある日の会話。

 「生活を一から立て直す必要があります。心身ともにストイックな日常生活を心がけてください」

 「はあ……」

 「まず、お酒をやめないといけません」

 「そんな簡単にやめられるのなら、苦労しませんよ」

 「それから、あなたはネット依存気味なので、ネットも控えた方がいいでしょう」

 「あなたになぜ、そんなことを言われなきゃなんないんですか?」

 (屁理屈をこね、言い訳や自己正当化、逆切れなどのお粗末な強弁が、たらたら続く)

 (本人は、そうした「反論」によって、自分の正当性を証明したつもりになっている)

 (それらの誤りや心得違いを、指摘・教示しても、聞く耳を持たない)

 「あなたの言い分が正しいとすれば、私の助言が間違っているということになるのですが、それでよろしいですか?」

 「もちろんですよ!」

 「そうですか。わかりました(ため息)。それでは、もうお話ししてもしかたがありませんので、どうぞお引き取りください」
 「もし気が変わって話を聞く気になったら、また来てくださってかまいません」

 「あんたは何様だ! えらそうに。ぼくを誰だと思ってるんだ!?」
 「あんたの話なんか誰が聞くか。こっちでお断りだ。もう来ねえよ!(プンプン)」



 嗜癖者が、なぜ嗜癖に走り、耽溺するのか、自分の内部にあるその原因・理由を、本人自身が理解・認知しないままで、嗜癖行為をやめられるわけがない。

 ―――という自明の理に、なぜか彼らは、ついぞ気づくことができない。

 その当然の帰結として、彼らは、いつまでたっても、同じところをぐるぐる回り続ける羽目に陥る。

 彼らには、回復・成長に必要不可欠な理解能力や学習能力が、致命的に欠損・欠落している。

 そして、もちろん彼ら自身は、そのことをわかっていないし、指摘・教示されても受け入れない。(身のほどを知らない彼らは、自分には、そうした能力があると妄信している)

 愚者の無間地獄とは、かくのごとし。

 愚にもつかない妄言〜寝言・戯言をほざき、戯れ事に身をやつしている暇があったら、自分と向き合うことだ。

 外界に気をとられることを戒め、徹底的に自分を内観〜内省・省察せよ。

 簡単に、わかったつもりになるな。

 わかったつもりになって、いい気になっているかぎり、自分が何もわかっていないことに気づかないかぎり、何も変わらないし、何もはじまらないのだ。



 あなたが、何もわかっていない(しかも、わかっていないことにさえ、気づかない)以上、(よい方向に)あなたの何かが変わるはずもなく、何かがはじまることもない。

 あなたは、まだ何も変わっていないし、何もはじまっていない。

 にもかかわらず、あなたが、何かが変わり、何かがはじまったと感じていると言うのなら、それは、ただの錯覚であり妄想だ。

 そうした、単なる空疎な虚妄に過ぎない主張を、飽きることなく(自分に言い聞かせるように)繰り返し続けているあいだは、あなたに、回復・成長の第一歩を印す、よき日が訪れることは、けしてない。






ボズ・バレル、死す

しゃあ <メール送信>   2006/9/23 (土)   No.1159023063



 ボズ・バレル、死す。

 ▼Boz Burrell Has Died
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『週刊ファイト』休刊

しゃあ <メール送信>   2006/9/14 (木)   No.1158245103



 タブロイド判の週刊プロレス専門紙『週刊ファイト』(新大阪新聞社発行/1967年創刊)が、2006年9月11日、9月27日発売号での休刊を発表。

 39年の歴史に幕を下ろすことになった。

 ▽ウィクリーウェブファイト
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 ▼老舗プロレス専門紙「週刊ファイト」休刊
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 大山倍達が1994年4月に死去してから、はや12年。

 松井章圭も、そろそろ年貢の納めどきか。

 ▼「極真会館館長」の名称使用禁じる 後継者名乗る男性に
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 ▼松井氏に使用禁止「極真館長」名乗るな
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「PRIDE 無差別級グランプリ2006 決勝戦」

しゃあ <メール送信>   2006/9/11 (月)   No.1157986014



 才能がないのは、悲しいことだ。

 だが、いちばん情けなく、みっともないのは、才能もないのに、その仕事にしがみついていることだ。

 その上、何か勘違いして、自分がいっぱしの仕事をしているつもりになっていようものなら、目も当てられない。

 なんであれ、自己批評性や自覚が足りなさすぎるのは、致命的だ。



 9月10日、さいたまスーパーアリーナにて開催された、「PRIDE 無差別級グランプリ2006 決勝戦」。

 ミルコ・クロコップが、文句のつけようがない圧倒的な試合内容で、優勝。

 昨夜のミルコは、鬼気迫るものがあり、神がかっていた。

 それにしても、地上波放送がないせいだろうか?

 いつにもまして、レフェリーが試合を止めるタイミングが遅いような気がした。

 これでは、いつ死人が出ても、おかしくない。


 ▼PRIDE 無差別級グランプリ2006 決勝戦
  [Link] [Link]







部分的に器用

ちびた <メール送信>   2006/9/1 (金)   No.1157120219



 「嘘をついてもばれるものです」かあ。

 この場合、嘘をつく相手はおもに自分自身なのかな。


 私は、自分に嘘をついていることに気がつかないことが多いです。

 不器用なのに、事実を曲げて自分に都合のよい嘘をつくことは器用にできる…、それが私の一面なのです。



しゃあ> 朝日放送にて、『ヤング・スーパーマン』第1シーズンの放送がはじまった。

 『ヤング・スーパーマン』は、面白いです。

 私は、田舎臭さのあるクラークが好きです。

 とかなんとかと言い訳しつつ、ブッチャ毛、主役・ヒーローが好きだったりする、それが私です。(ダソヌ☆マソ風)。

 嘘をつかないようにしようして、言わなくていいことまでぶっちゃけることになってしまう、それが…(略)






「嘘をついてもばれるものです」

しゃあ <メール送信>   2006/8/30 (水)   No.1156949275



  リッチでないのに

  リッチな世界などわかりません

  ハッピーでないのに

  ハッピーな世界などえがけません

  「夢」がないのに

  「夢」をうることなどは……とても

  嘘をついてもばれるものです

                ――――――杉山登志の遺稿(1973年12月)より


 ▼あなたが、ここにいてほしい
  [Link]



 佐々木ゆう子が、本格的に活動を再開するようだ。

 『ザ・サード 〜蒼い瞳の少女〜』オープニング・テーマ「砂上の夢」に続く、復活第二弾シングルは、『円盤皇女ワるきゅーレ』第4シリーズ『円盤皇女ワるきゅーレ 時と夢と銀河の宴』オープニング・テーマ「One Kiss」。

 しっかし、『円盤皇女ワるきゅーレ』って、すごいタイトルだな。


 ▽ザ・サード 〜蒼い瞳の少女〜
  [Link] [Link] [Link] [Link]

 ▽円盤皇女ワるきゅーレ
  [Link]

 ▽佐々木ゆう子ファンページ『ピュアピュア』
  [Link]






『青幻記』

しゃあ <メール送信>   2006/8/24 (木)   No.1156430716



 人生のリソースをどう分配するかは、その人間の主観的なプライオリティーによって決定される問題である。


 どのような分野でも、才能ある優秀な人間は一握りであり、その大半は、無能な人間によって占められている。


 お手軽なもの、簡単に手に入るものは、しょせんそれまでのものだ。

 本当に価値のあるものなど、あった試しはない。


 自分の歪んだ価値観〜信仰や教義を信じて疑わない、妄信者の能天気さ・愚鈍さによって、世界は閉ざされる。



 『青幻記』(1973年)を、ひさしぶりに再見。

 あすなひろしのマンガを、彷彿とさせる。

 名カメラマンとうたわれる成島東一郎監督による映像が、極限まで美しい。

 ▼青幻記 遠い日の母は美しく(1973)
  [Link]



 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督作品『ナイルの娘』(1987年)。

 有無を言わせない内容とクオリティーは、さすがの一言。

 ▼ナイルの娘(1987)
  [Link]



 実写映画版『くりいむレモン』(2004年)。

 まったく期待していなかったのだが、意外におもしろかった。

 二人で逃避行の旅に出る後半部分が、×なのが残念。

 それでも、近年の日本映画の低レベルさを考えれば、佳作の部類に入ると言えるかもしれない。

 ▽くりいむレモン(2004)
  [Link] [Link]



 庵野秀明監督作品『ラブ&ポップ』(1998年)。

 エンディングのスタッフロール(エンドロール)での仲間由紀恵の歩き方が、かっこいい。

 それ以外は、特に見るべき部分なし。

 ▽ラブ&ポップ(1998)
  [Link] [Link]






『藍色夏恋』

しゃあ <メール送信>   2006/8/11 (金)   No.1155307603



 易智言(イー・ツーイェン)監督作品『藍色夏恋』(2002年)。

 現代の台湾・台北市を舞台にした、青春映画の佳作。

 何ごともなく過ぎる日常、その中で起こるささやかな出来事を、淡々と描いている。

 「誰にも言えない、初恋がある・・・」。

 ▽藍色夏恋(2002)
  [Link] [Link]



 『キャメロット・ガーデンの少女/Lawn Dogs』(1997年)を、ひさしぶりに再見。

 『シベールの日曜日』(1962年)の、1990年代バージョンとでも言うべきか。

 ラストで、ファンタジーとなってしまうのが、残念、

 『シベールの日曜日』はバッドエンドだが、『キャメロット・ガーデンの少女』のハッピーエンドらしきエンディングは、微妙。

 デヴォン役のミーシャ・バートンが、キュート。

 ▼キャメロット・ガーデンの少女(1997)
  [Link]



 『クリミナル・ラヴァーズ/Les Amants Criminels』(1999年)を、ひさしぶりに再見。

 高校生ボーダーライン・カップルによる、不条理な殺人と、その後の逃避行を描いた作品。

 主人公二人のボーダーライン的な人物描写が、リアル。

 ▼クリミナル・ラヴァーズ(1999)
  [Link]



 『青い目撃者/In Quiet Night』(1998年)を、ひさしぶりに再見。

 実父(地位も名誉も富もコネもある、高名な外科医)による、娘への性的虐待/性暴力を題材にした映画。

 ドラマ自体は、ご都合主義でお粗末なものだが、父親に性的虐待を受けている少女ダイナと、彼女を捨て身で助ける女性検事ジョイ(元被虐待児)のボーダーライン的な人物描写が、リアル。


  幼き子よ!

  妖精と共に 湖や野山へ逃げなさい

  世界は君が思うよりずっと 悲しみに満ちているから

                 ――――――W.B.Yeats(W・B・イエーツ)







「違う世界なら、私が見せてやる」

しゃあ <メール送信>   2006/8/6 (日)   No.1154875359



 パライエッタ(声:小清水亜美)台詞集。 [Link]

 「違う世界なら! 違う世界なら、私が見せてやる」

             ――――――『シムーン/SIMOUN』第18話「葬列」より



 蒼井渚砂(声:中原麻衣)台詞集。 [Link]

 「ごめんなさい。だめなんですね。私じゃ……。ごめんなさい!」

         ――――――『ストロベリー・パニック』第18話「愛の嵐」より




 ひさしぶりに、劇場アニメ版『11人いる!』(1986年)を見たので、ついでに、原作マンガである、萩尾望都の『11人いる!』(1975年)も読み返してみた。

 ※アニメ版『11人いる!』は、アニメーション作品としてのクオリティーは、けして高いとは言えない。

 『11人いる!』は、SFとしては凡作の部類に入るが、この作品のテーマの核心は、セクシュアリティー&ジェンダー問題と見るべきだろう。

 萩尾望都にかぎらず、この世代の少女マンガ家/少女マンガに共通する特徴であり要素だが、抑圧的な共同体/社会から受ける、女子の被抑圧感を表現した作品として読むのが妥当だ。

 ※そうしたテーマを、正面からリアルに扱った少女マンガとして、エポック・メーキングな代表的作品は、言わずとしれた、山岸凉子の『天人唐草』(1979年)である。

 ちなみに、この『11人いる!』、なぜか人気があるのだが、萩尾作品としては、特によいものだとは思わない。

 また、SF作品としても評価が高いが、これは、そうした評価の前提として、当時の少女マンガ業界において、SF作品が、一ジャンルとしてのポジションすら認められておらず、きわめて冷遇視されていたという時代状況・背景を考慮すべきだろう。


 ▼11人いる!(1986)
  [Link]



 7月28日放送の『ミュージックステーション』に、RED HOT CHILI PEPPERSが出演。

 RED HOT CHILI PEPPERSは、他の出演者と違い、カラオケを一切使用せずに、生演奏していた。

 演奏力がないと怖くてできないことだが、RED HOT CHILI PEPPERSの演奏は、よくも悪くも安定している。



 あいかわらず、K-1系大会は、試合を台なしにするお粗末なレフェリングが、目に余る。

 ▼HERO'S 2006 〜ミドル&ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント準々決勝〜
  [Link] [Link]






子ども虐待の確実な予防・防止方法

しゃあ <メール送信>   2006/8/2 (水)   No.1154530177



 子ども虐待を予防・防止するための、もっとも具体的かつ有効な最善の対策〜社会的対応・対処手段/方法は、簡単かつ明白だ。

 担当行政機関(現在は、児童相談所)を中心に、積極的に事例に介入し、被虐待児を保護して、虐待親から引き離すことに尽きる。

 虐待を繰り返す親は、人格障害者であり、彼らに、子どもを作らせては/育てさせては、いけない。

 また、人格障害の親に育てられた子どもは、相応に人格が歪み、彼ら自身が人格障害者となる世代間連鎖のリスクが、きわめて高い。

 ―――という事実を、常に念頭においておかなければならない。

 たとえ、目に見える虐待が止まったとしても、それでよしとはならないのだ。(また、してはならない)

 家父長制や血縁・血統主義にもとづく保守・反動的な価値観(「子どもは親の所有物」など)や、家族や親子関係への神話/幻想/信仰(「子どもを愛さない親はいない」など)を捨て、子どもをできるだけ親元に返すという現在の方針を180度転換し、病識を持たない、未回復・未成長の人格障害者である虐待親の元には、保護した被虐待児を二度と戻さない。

 ―――という方向に、思い切って、対応の舵を切らなければならない。

 (もちろん、そのためには、児童養護施設の質・量両面での抜本的拡充と変革が、不可欠である)

 (たとえば、三人の子どもがいる家庭において、その中の一人の子どもに対して虐待事例が発生・発覚した場合、他の二人への虐待の有無にかかわらず、三人とも保護し、虐待親から引き離さなければならない)

 (たとえば、不妊に悩む夫婦に対しては、不妊治療ではなく、養子縁組を推奨することが望ましい。血縁・血統主義、優生思想への異議や、その無化・克服という意味でも)

 そうした断固とした処置・処遇をとることによってのみ、子ども虐待を予防・防止するだけでなく、次世代まで、虐待の世代間連鎖を持ち込み、虐待を再生産することを予防・防止する〜世代間連鎖を断ち切ることも、可能になる。

 また、人格障害者である虐待親たちを回復・成長させるための治療・再教育システムが、ハードウェア/ソフトウェアの両面で、必要だ。

 特に、実際に事例への対応にあたる関係者は、そうした環境整備なしに、被虐待児を軽率・安易に虐待親の元へ返すことが、虐待〜傷害・殺人への未必の故意や不作為に相当し、加担・黙認行為となる現実を自覚・認識して、肝に銘じるべきだ。

 でなければ、今後も、悲劇的な子ども虐待は増えこそすれ、減ることはないだろう。







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